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TCFDのシナリオ分析とは?分析の手順・分析の上で理解すべきポイントを解説

執筆者:茅原淳一(Junichi Kayahara)

コーポレートガバナンス・コードの基本のキ
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ESGやSDGsと共に、近年企業に広がっているTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)では、企業や投資家に対して、気候変動に関連するリスクと機会についての情報開示を促進することを目的に、開示要件や指針について提供しています。

TCFDが提唱する開示要件の中には、「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標と目標」の4つの項目があり、特にTCFDの報告書の中では「戦略」の開示において「シナリオ分析」を行うことが求められています。

本記事では、TCFDのシナリオ分析について、分析が必要な理由・分析が求められる業種・分析の手順・分析を実施する上で理解しておくべきポイントを中心に解説していきます。

TCFD全体の概要・開示の要件・コンソーシアム・コンサルについては、こちらの記事もご参照ください。
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TCFDのシナリオ分析とは

TCFD(Task Force on Climate-related Financial Disclosures)のシナリオ分析とは、気候関連のリスクや機会を評価し、それらが企業の財務状況に与える影響を検討するための分析手法です。

シナリオ分析は、異なる気候変動シナリオを用いて、企業の事業や戦略にどのような影響が生じるかを検討し、シナリオごとのリスクを踏まえた自社の対応策など経営陣や投資家に有益な情報を提供することを目的としています。

企業は、自社の事業に影響を与える可能性がある事業環境の変化や長期的な政策の動向などの複数のパターンを想定して、それぞれのシナリオが現在の自社の戦略に与える影響をパターンごとに分析して、それぞれのシナリオにおける戦略を評価することで、その妥当性を検証します。

気候変動に関連するリスクが企業に与える影響

気候変動が実際に産業に与える影響として、思い浮かぶ具体的なものとして「農作物の品質の低下」が考えられます。また、気候変動から受ける影響は、産業によって異なります。

2018年11月に閣議決定された「気候変動適応計画」の中で、農業、自然災害、水資源・水環境、自然生態系、健康について、「将来懸念される気候変動による影響」「主な適応策の例」がまとめられています。

 分野 将来懸念される気候変動による影響 補助金上限額主な適応策の例
農業 高温による米・果樹の品質低下 高温耐性品種の開発・普及
自然災害 施設の能力を上回る水害の頻発 堤防や洪水調節施設、下水道の着実な整備
水資源・水環境 渇水の頻発化・長期化・深刻化 雨水・再生水利用の促進
自然生態系 サンゴの白化現象 サンゴ礁の保全・再生
健康 デング熱等の蚊を媒介とした感染症リスクの増加 感染症の媒介となる蚊の駆除対策の促進

出典:「気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)の概要資料」(環境省)

シナリオ分析が必要な理由

シナリオ分析が必要な理由は、以下の3点にまとめられます。
・企業価値の向上
・適切な意思決定
・将来のリスクの評価

それぞれについて説明していきます。

企業価値の向上

シナリオ分析によって、未来の社会や地球環境の姿から今するべきことを考えられるため、現在の自社のあるべき姿や全体の方針としての戦略を検討することができます。

TCFDの情報開示では、気候変動をリスクとして、また機会として正しく認識し、不確実性(リスク)を避けて機会を捉えた施策を実行することで企業価値を高めることにもつながります。

適切な意思決定

シナリオ分析は、気候変動によって引き起こされる現象が抱える不確実性(リスク)要因に対処するため、複数の異なる条件を前提としたシナリオの下、企業が選択する戦略を分析する手法です。これによって、企業は気候変動を考慮した適切な意思決定ができるようになります。

将来のリスクの評価

シナリオ分析は、将来の気温上昇が企業にもたらす不確実性(リスク)や機会を推測し、それに基づいて自社の対応策や戦略を策定することができます。その目的は、自社の気候変動に対する強靭性(レジリエンス)を説明することで投資家からの評価を得ることです。

リスク要因を念頭に入れた事業計画を立てることで、企業は気候変動による負の影響への対応策やマニュアルなどを備えていることを金融機関にTCFDの開示情報として提示します。

シナリオ分析が求められる業種

TCFD開示の戦略における分析手法であるシナリオ分析は、全ての業種に求められるものです。特に、TCFDは気候変動の影響を受けるセクターとして、次の4セクターをあげています。
①エネルギー
②運輸
③素材・建築物
④農業・食料・林業製品

また、経済産業省が公表した「DXを促進するためのデジタルガバナンスに関する調査研究とりまとめ報告書」によると、デジタル変革におけるリスク・機会の分析・評価するための手段の1つとして、シナリオ分析手法が示されています。

これらの情報から、シナリオ分析が求められる業種は多岐にわたりますが、特に気候変動の影響を受けるセクターやデジタル変革が進む業種での利用が重要視されています。

シナリオ分析の手順

環境省が発行している「TCFDを活用した経営戦略立案のススメ」によると、シナリオ分析の手順には以下の6つのステップがあります。次の手順に従ってシナリオ分析を行うことで、企業は自社の気候変動に対する強靭性(レジリエンス)を向上させることができます。
ステップ1. 事前準備
ステップ2. リスク重要度の評価
ステップ3. シナリオ群の定義
ステップ4. 事業インパクト評価
ステップ5. 対応策の定義
ステップ6. 文書化と情報開示

ステップ1. 事前準備

企業によって状況は異なりますが、まずはTCFDに関する取り組みについて事前に経営陣に対して説明しておくと良いでしょう。

次に、シナリオ分析の実務的な事前準備として、「対象範囲」の確認と「時間軸」の設定をします。やみくもにシナリオ分析を行うと、リスクや機会を網羅的に捉えることができずに十分なシナリオを想定することができません。

ステップ2. リスク重要度の評価

気候変動の影響によって企業が見舞われる災害などのリスク重要度の評価では、自社事業へのインパクト分析やリスクの識別が重要となります。

気候変動の影響で発生する災害などのリスクが、企業の財務に与える影響の大きさや重要度が分かることで、優先的に対応すべきことなどを検討することができます。

ステップ3. シナリオ群の定義

シナリオ群の定義では、未来に起こる可能性のある複数の出来事を予測し、シナリオにおけるパラメータから世界的な状況を整理し、その上で自社への影響を整理・考察します。

シナリオ群の定義の具体例として、平均気温の上昇予測が挙げられます。実際に定義されているシナリオ群の中には「1.5℃上昇シナリオ」「2℃上昇シナリオ」や「4℃上昇シナリオ」があります。

ステップ4. 事業インパクト評価

シナリオ群の定義で検討したシナリオに準じて、気候変動が企業の財務や事業に与える影響について評価します。この事業インパクト評価では、気候変動に伴うリスクや機会が影響を及ぼす企業の財務的影響額を定量的に試算します。

ここでのポイントとして、気候変動に伴う事業や企業の財務へのリスクに対する対策をした場合のインパクトと対策をしなかった場合のインパクトを見える化することを抑えておきましょう。

ステップ5. 対応策の定義

対応策の定義では、ステップ4までに定性的かつ定量的に分析してきたシナリオから対策を立てていきます。シナリオ分析の結果に基づいて、考えられる対応策を整理します。

この時、SDGsやESGの一環として自社ですでに行われている取り組みや同じ課題を抱えている可能性がある他社におけるTCFDに関連する施策や開示情報なども比較しつつ、参考にすることで効果的な対応策を検討することができます。

ステップ6. 文書化と情報開示

最後に、シナリオ分析のプロセスと結果を文書化し、情報開示を行います。リスク重要度評価、シナリオ群の定義、事業インパクト評価、対応策の定義など定性的な分析と定量的な分析を合わせたシナリオ分析をグラフ化・テキスト化します。 

シナリオ分析に加えて、気候変動に対するガバナンス体制や企業の対応姿勢などを明文化することで、投資家や金融機関から評価を得ることができます。

シナリオ分析を実施する上で理解しておくべきポイント

シナリオ分析を実施する際に、理解しておくべきポイントとして以下の3点があります。
・経営陣の理解
・事業部との協働の必要性
・段階的な進度

経営陣の理解

シナリオ分析を成功させるためには、経営陣がその重要性や目的を理解した上で、経営戦略に組み込むことが重要です。経営陣がTCFDについて理解し、トップダウンでTCFDに関する施策の指揮をとることでシナリオ分析の取り組みが組織全体に浸透しやすくなります。これにより、組織全体のTCFDに対する意識が高まり、より良いシナリオ分析が行えるようになります。

さらに、シナリオ分析を担当している部署だけでなく、経営陣が直接TCFDに関与することで、企業全体の経営体制に気候変動対応を組み込むことが可能になります。そうなることで、企業の強靭性(レジリエンス)を高め、未来の不確定要素に対応できる組織体制を作り上げることが可能となります。

経営陣が気候変動対応を経営戦略の一部として理解し、その方向性を示すことは、長期的な視点で企業価値を高めるための重要なステップです。このような姿勢は、株主や取引先、金融機関といった各ステークホルダーに対する信頼を向上させ、企業の成長を促進することにもつながります。

事業部との協働の必要性

シナリオ分析では、各事業部門の知見や情報が重要であり、異なる事業部同士との協働が不可欠です。関連する事業部と連携し、リスクと機会の特定や評価を行うことで、より現実的なシナリオを立てることができます。

シナリオ分析の取り組みにあたっては、組織内部での連携が重要であり、そのための参画パターンが考えられます。環境省が推奨している巻き込みのパターンとして、下記2パターンがあります。

必要な部署を都度巻き込むパターン

シナリオ分析の各段階で、関連部署を都度、巻き込む方法です。この方法には以下のようなメリット・デメリットがあります。

メリット デメリット
・スタートが容易
・各部署の負担が最小限
・シナリオ分析の過程で社内調整が必要になるため、関係者に理解のためのインプットが必要
・シナリオ分析自体の過程が長いため、社内浸透に時間がかかる

参考:「TCFDを活用した経営戦略立案のススメ」(環境省)

シナリオ分析の社内チームを作ってスタートさせるパターン

シナリオ分析を推進するための専門チームを立ち上げ、全体の運営を行う方法です。この方法には以下のようなメリット・デメリットがあります。

メリット デメリット
・社内の関連部署に認識のすり合わせを事前に行うので、各部署が協力的にTCFDに取り組んでくれる
・各関連部署が連携して、経営陣まで届きやすい
・スタートするまでに時間がかかる
・各部署が参加することから負担がかかる

参考:「TCFDを活用した経営戦略立案のススメ」(環境省)

これらを踏まえ、各組織の規模や状況に合わせて、最適な巻き込みのパターンを選択することが重要です。それにより、シナリオ分析を通じて得られる知見が組織全体に広がり、経営戦略の策定に役立つようになります。

段階的な進度

シナリオ分析は、一度にすべてのステップを完了させるのではなく、段階的に進めることが望ましいとされています。最初は簡素なシナリオから始め、徐々に詳細度を増やしていくことで、企業は適切な戦略や対策を見つけやすくなります

簡素なシナリオから詳細度を高める例として、「定性分析でのシナリオ分析から定量分析のシナリオ分析まで」「スコープ1から2に関する情報開示を行い、スコープ3は段階的に算出を行う」などが挙げられます。

また、シナリオ分析は継続的に実施し、外部環境や企業状況の変化に応じて見直すことが重要です。

まとめ

いかがでしたでしょうか。

本記事では、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)の開示要件の「戦略」の中に位置付けられているシナリオ分析について、分析が必要な理由・分析が求められる業種・分析の手順・分析を実施する上で理解しておくべきポイント・シナリオ分析の事例を中心に解説しました。

ESG、SDGsなど環境や持続可能な開発目標と投資や金融に関連する部署・担当者に新しく任命された方の理解の一助になれば幸いです。

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この記事を書いた人

慶應義塾大学卒業後、新日本有限責任監査法人にて監査業務に従事。 その後クレディスイス証券株式会社を経て2012年KLab株式会社入社。 KLabでは海外子会社の取締役等を歴任。2016年上場会社として初の信託を活用したストックオプションプランを実施。 2015年医療系ベンチャーの取締役財務責任者に就任。 2018年よりSOICO株式会社の代表取締役CEOに就任。公認会計士。